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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)3545号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 西畠正

同 山口広

被告 日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長 杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士 鵜澤秀行

右訴訟代理人 神原敬治

〈ほか二名〉

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、金九三万六五〇三円及びこれに対する昭和六二年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに昭和六二年三月以降毎月二〇日限り金二〇万四四四八円を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、従来日本国有鉄道法に基づき設立され、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)と称していたが、日本国有鉄道改革法、日本国有鉄道清算事業団法に基づき、昭和六二年四月一日、その名称を日本国有鉄道清算事業団と変更し、右改革法所定の承継法人に承継されない国鉄の資産、債務等を処理するための業務等を行うものである。

2  原告は、昭和四九年一二月九日付けで国鉄の臨時雇用員に、昭和五〇年九月一日付けで正式の職員となり、昭和五三年六月から武蔵溝ノ口駅営業係の職にあった者である。

3  被告は、昭和六一年一〇月一四日付けで原告を懲戒免職処分に付したと主張している。

4  原告は、右処分当時、毎月二〇日に当月分として、基本給一六万六九〇〇円、調整額一〇〇〇円、都市手当九九〇〇円、超過勤務手当一万一三九六円、夜勤手当九七六〇円、特別勤務手当五四九二円の合計額二〇万四四四八円以上の給与の支給を受けていたから、被告に対し、少なくとも右同額の賃金請求権を有する。

5  よって、原告は、被告に対する労働契約上の権利を有する地位の確認を求めるとともに、被告に対し、昭和六一年一〇月一四日から昭和六二年二月末日までに受けるべき給与の合計額九三万六五〇三円及びこれに対する最後の支払期日の翌日である昭和六二年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに昭和六二年三月以降毎月二〇日限り金二〇万四四四八円の賃金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1ないし3はいずれも認める。

2  同4は争う。

三  抗弁

1  国鉄は、東京西鉄道管理局長泉延寿を総裁代理として、国鉄法三一条に基づき、原告に対し、昭和六一年九月二二日懲戒免職に付する旨発令前の通知をし、同年一〇月七日原告の異議申立てによる弁明・弁護手続を経たうえ、同月一四日付けで懲戒免職処分(以下「本件免職処分」という。)に付した。

2  本件免職処分の事由は、次のとおりである。

原告は、昭和六一年九月四日、年前一一時二〇分ころから同三五分ころの間、非番で武蔵溝ノ口駅駅長事務室の複写機を使用中、駅長志村行雄から同月一日の武蔵溝ノ口駅における原告の行動について注意を受け、また、定期健康診断を受けていないことを指摘され、これを受診するよう指示されたにもかかわらず、反論するなどしてこれに従わず、反抗的態度をとった。そこで、同駅助役酒井光男が注意するとともに、複写機の使用を認めないとして中止させようとした際、原告は、酒井助役の顔面左眼付近をいきなり殴打するなどの暴力を行使した。これは、職務上の規律をみだす行為であり、国鉄就業規則一〇一条一五号に該当する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は認める。

2  同2は、国鉄の処分事由が主張のようなものであったことは認めるが、処分事由の存在は否認する。

本件免職処分は、その前提たる事実の認定に明白な誤認があり、処分対象たる事実を欠く。すなわち、被告主張の処分事由にいうような、原告が志村駅長に対して反抗的態度をとったこと、酒井助役が原告を注意したこと及び原告が同助役の顔面左眼付近を殴打したことは全くなかった。真実は、原告が志村駅長と会話をしていたところ、酒井助役は何の警告もないまま突然コピーのスイッチを切ったものであり、これに驚いた原告が、再びスイッチを入れたのに対し、同助役は「あんたには貸さない」といって再び有無を言わさずスイッチを切ったのであって、原告は、スイッチの上においたままの同助役の手を払いのけようとしたにすぎない。仮に、原告の右手が酒井助役に当たったとしても、偶発的な過失行為である。

五  再抗弁

1  本件免職処分は、次に述べる事情に照らせば、処分の量定に客観的妥当性、合理性を欠いた著しく苛酷なもので、裁量権の著しい濫用である。

(一) 原告の行為は、たとえ酒井の顔面に右手が当たったとしても、故意に当てたものではなく、偶発的な過失行為であり、しかも、右行為に至るには、原告が勤務時間外に、慣行上認められている組合活動として行っているコピー作業中に、労使間の懸案事項や私的事情について志村駅長が上司としての立場を逸脱して話しかけ、口論となったことが誘因となり、「被害者」とされる酒井が、突然、コピーのスイッチを切り原告を追い出そうとの全く不必要な挑発行為に出たために原告ともみあいになった経過がある。右行為は、そのもみあいの中で、組合活動としてのコピーを続けるために酒井の手をスイッチからはずそうとした(すなわち酒井の不当な妨害を排除しようとした)際の偶発的な事件であって、動機において特段の不法性もない。むしろ、原因を作出したのは志村及び酒井の側であり、その柔軟性を欠いた硬直的な対応こそ問題である。

(二) 仮に、酒井が負傷したものとしても、それは特に治療の必要もなく、まして、業務に何ら支障も生じていないほど軽微な結果に過ぎなかった。

(三) 本件のような偶発的な過失行為に対して、他に免職処分とした例はない。しかも、原告の職歴、勤務内容、過去の処分歴とその対象事由いずれを取ってみても、処分量定を加重するような事情は全くなく、逆に、志村、酒井ら管理者の原告に対する不当に敵対的な態度が目立っている。

(四) 本件の直後、原告は酒井に転倒せしめられ、傷害を負っているにもかかわらず、酒井が全く問責されていないことと対比すると、本件免職処分は、著しく不公平である。

(五) 原告に対する懲戒免職処分は、国労に対する攻撃の意図で一罰百戒を狙った異常に重い処分である。すなわち、国鉄当局は、一貫して国労を攻撃しその弱体化、崩壊をもくろんで来た。その中で、ことさらに「職場規律の確立」を強調していたのであって、原告が国労八王子支部武蔵溝ノ口駅分会(以下「溝ノ口分会」という。)の分会長として、当局の国労組合員への締めつけに抗議し、組合活動としての抵抗を続けていたことが重い処分量定の大きな理由となっている。

(六) なお、原告は、昭和六〇年九月一二日に訓告、昭和六一年三月二八日に戒告、同年五月三〇日訓告の処分を受けているが、処分の理由はいずれも国労が組織として行った組合活動に限られ、多くの組合員が処分対象とされており、原告個人の職場規律違反とは関連がなく、本件のような原告の個人的、私的な行為を対象とするものとは性格を異にする。また、当局がいう職場規律の確立とは、国鉄の分割民営化と一体となって、これに反対し労働組合の団結を維持しようとする国労を攻撃し、崩壊させようとする当局の意図によって作出され、国労攻撃の大義名分として利用されたものにすぎない。

2  本件免職処分は、不当労働行為であり、無効である。

原告は、昭和五〇年四月に国労の組合員となり、昭和六一年一月二〇日から溝ノ口分会の分会長に就任していた。

折から、国鉄当局は、国鉄の分割民営化の是非をめぐって国労と激しく敵対し、国労との間での雇用安定協定締結拒否、進路希望アンケート調査の実施、労使共同宣言の提示、職員管理調書による評定、企業人教育、人材活用センターの設置とそこへの職員の配属を通じて国労の組織破壊を企図していた。武蔵溝ノ口駅においてはさらに、昭和六〇年一二月に当時の溝ノ口分会長大隅美夫を立川駅に配転させ、その後同分会の中心的人物である分会長の原告、書記長小林裕二、分会員稲垣侃司の三名に対し、昭和六一年度の昇給差別を強行し、同年七月夏期手当についても五パーセントカットするなどみせしめ的な不利益取扱いをした。そして、本件免職処分によって分会長の原告を武蔵溝ノ口駅から排除し、その前後小林、稲垣も新宿駅人材活用センターに配転し、また、溝ノ口分会の事務室の使用を禁止し、掲示板を一方的に撤去したりした。

本件免職処分は、このように溝ノ口分会の分会長を放逐し、組合員脱退を促進して国労組織を弱体化することを目的とした不当労働行為である。

六  再抗弁に対する認否及び主張

1  再抗弁1は、原告が、非番のときに駅長事務室のコピーを使用したこと及び原告の過去の処分歴は認めるが、その余は争う。なお、出札事務室で酒井助役が原告の手を取り駅長室に同行しようとしたところ、原告は、いきなり、自分から床に寝転がり、手足をばたつかせていたものである。

2  同2のうち、原告が主張の分会長に就任し、本件免職処分当時もその地位にあったこと、国労との間で雇用安定協定が締結されなかったこと、当局が進路希望アンケート調査の実施、労使共同宣言の提示、職員管理調書による評定、企業人教育、人材活用センターの設置とそこへの職員の配属をしたこと、昭和六〇年一二月大隅美夫が立川駅に転勤したこと、原告、小林裕二及び稲垣侃司が夏期手当を五パーセントカットされたこと、小林、稲垣が新宿駅人材活用センターに転勤したこと、当局が組合掲示板を撤去したことは認め、その余は不知もしくは争う。組合掲示板は、国労組合員の減少に伴い、組合の執行委員の了解を得て撤去したものであり、組合事務所は、国鉄改革のための財産調査に当たり、使用していない事務室の明渡しを求めたものである。

3  本件免職処分は、処分事由に該当すると認められる行為の外部に現れた態様のほか、次に述べるような行為の原因、動機、状況及び結果並びに被告がおかれた社会的環境など諸般の事情を総合考慮したうえで、選択したものであり、裁量権の範囲を越えているという事情は何ら存在しない。

(一) 原告は、昭和六〇年九月一二日に訓告、昭和六一年三月二八日に戒告、同年五月三〇日訓告の処分を受けているほか、上司に対する反抗的態度が著しく、勤務成績は良くなかった。すなわち、国鉄では従前から、作業開始に先立って、出勤の確認と作業指示のため点呼を実施していたが、原告は、分会長として国労本部や同八王子支部の指令に従い、分会員に先立ち率先して点呼を妨害する行動をした。また、国鉄職員は職務専念義務、服制規定に反してリボン・ワッペン等を着用することなく、定められた氏名札などは必ず着用して就労しなければならないのであるが、原告は、組合の指示に従い、国鉄の分割民営化反対等のワッペンを着用して就労し、上司の命令に従わず、また、営業担当の職員に義務付けられていた氏名札の着用を拒否するなどの行動をとっていた。

(二) 国鉄は、公共輪送機関としての使命を遂行していく間に巨額に上る累積債務を抱えるに至ったことから、その経営の改善を図り、もって国民の付託に答えるために、諸施策を実施して再建に向けての努力を重ねていた。このような中で、昭和五七年には運輸大臣の指示、国鉄総裁の「職場規律の総点検及び是正について」との通達、第二次臨時行政調査会基本答申及び政府声明のなかで、職場規律の確立の必要性が指摘された。かかる状況下で国鉄は、職場規律の確立を緊急の課題として、全力を挙げて取り組んでいたところ、昭和六〇年七月二六日に国鉄再建管理委員会の国鉄改革に関する意見が出されたが、右意見が示した分割民営化への準備を推進するうえで、それまで国鉄が実施してきた職場規律の確立は益々重要となり、各局の経営計画にも職場規律の確立が基本方針の一つとして掲げられた。前記点呼の厳正、氏名札の着用等はこの職場規律の確立の一つとして実施されたものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1ないし3の事実並びに国鉄が原告に対し、抗弁1のとおり懲戒免職処分に付する旨意思表示したこと及びその処分事由が抗弁2のとおりであることは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件免職処分の効力について検討する。

1  処分対象事由の存否について

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和六一年九月四日午前九時半に前日からの勤務が明け、年前一一時二〇分ころ、組合関係の文書をコピーしようとして、武蔵溝ノ口駅駅長事務室に入室した。当時同事務室では、酒井助役と庶務担当職員宇佐見秀夫が自席で出務表の整理に従事していた。原告は、酒井助役らに声をかけることなく、設置されている複写機で文書のコピーを始めた。なお、同駅では、職員は、以前から管理者に断って右複写機を組合関係の文書のコピーにも使用していた。

年前一一時三〇分ころ志村駅長が構内の巡回を終えて駅長事務室に戻り、右コピーの一枚を取って見たりした後、駅長席の椅子に腰掛け、同月三日府中本町駅長から受領した同月一日付けの「貴駅鈴木職員(分会長)の現認報告について」と題する書面について、原告から事情を聞き、注意、指導をすべく、原告に声をかけた。

右書面の内容は、同月一日午後二時三〇分ころ、府中本町駅長が、同駅出札室に入ったところ、国労バッジを付けた見知らぬ男(原告のこと)がおり、同駅長の質問に対し、「誰でも良い」と答え、同駅長が「外へ出なさい」等というと、「うるさい」と連発し、出札室から押し出されると、「ふざけるな」と捨えぜりふを残して去ったものであり、国鉄職員としても社会人としても非常識であるので指導方を願うというものであった。

原告は、志村駅長の「鈴木君、府中本町駅で何をしたんだ」という質問に対し、「何もしていない」と答え、「よその駅に黙って入っているではないか」「クマンバチでも付けて入ったのだろう。駅長だってそれでは許可しない」といわれると、「そんなことは、考え方の違いだ」などといい、志村駅長の「よその駅に行って余りみっともないまねをするな」という注意に対しても、「何もみっともないことはしていない」と大きな声で応答するだけであった。また、同駅長は、原告が従前腹が痛いといって管理者に断らずに点呼に出なかったり、点呼時に黙って抜けだしてトイレに行ったりすることが何回もあったうえに、同年八月に実施された定期健康診断を受けていなかったので、「非番だから早くかえって休みなさい」「健康診断をまだ受けていないね」「点呼のときなど普段から便所にばかり行っているではないか」と注意したところ、原告はコピーをしながら、「自分の勝手だろう」「そんなものは勤務時間にやらせるものだ」「健康診断を受けりゃ身体がよくなるのか」などと大きな声でいった。

(二)  執務をしながらこのやりとりを聞いていた酒井助役は、自席から複写機のそばまで行き、原告に対し、駅長に対する右のような言葉遺いを注意し、コピーは貸さないから出て行くように告げて、コピーのスイッチを切った。すると原告が、同助役の手を払い退け、またスイッチを入れたので、同助役は再びスイッチを切り、右手でスイッチを押えた。原告は、「何をするんだよ。」といいながら、右手でスイッチを押えている同助役の手を払おうとし、右肩で同助役の身体を押し退けようとしたので、同助役は、「貸さない。出ていきなさい」といいながら、押し戻したところ、原告は右手で同助役の左手首を強く握り締め、左手で同助役の右肩を押し返そうとし、同助役は右手で原告の左肘を押えて、双方押し合う状態になった。そのとき、原告は、同助役の左手を握った右手をはなして、いきなり右手挙で同助役の顔面左眼付近を殴打した。同助役は、痛い、痛い、といいながら、その場にしゃがみこみ、左手で左眼の当たりを押えていた。

志村駅長は、「鈴木君、暴力をふるったことを現認する。一一時三五分」といい、宇佐見職員は、酒井助役のそばに寄って行き、大丈夫かと声をかけたり、原告に対し、そのようなことをしては駄目だといったりした。

(三)  原告は、何も言わずに、コピーした書類を取り集めるなどした後、駅長事務室から退出した。酒井助役は、起き上がってから原告の後を追い、出札事務室に入ったところで追い付き、原告に対して、「お前が殴った」といい、原告は、「殴っていない」と応酬していたが、酒井助役が駅長事務室に来るよう述べて、原告の右手を取ったところ、原告は、その場に寝転がって手足をばたつかせた。酒井助役は、原告が以前も同じような行動を取ったことがあったので、原告を同行することを諦めて一人で駅長事務室に戻った。

(四)  酒井助役は、午後一時三〇分ころ近くの整形外科病院で受診したところ、加療一週間の左眼顔面打撲傷と診断されたが、特に治療は受けなかった。なお、原告は、二日後の同月六日になって医師の診断を受け、加療一週間の左肘関節、左背部打撲と診断されている。

《証拠判断省略》

右認定によれば、原告には前記処分事由のとおりの酒井助役に対する暴行行為(以下「本件行為」ともいう。)があったものであり、これは国鉄就業規則一〇一条一五号所定の懲戒事由(職務上の規律をみだす行為のあった場合)に該当する。

2  処分裁量権の濫用について

本件免職処分当時の国鉄法三一条は、懲戒処分として免職、停職、減給又は戒告の四種を定めていたが、懲戒権者である国鉄総裁は、具体的な懲戒処分の選択に当たっては、その懲戒事由に該当すると認められる行為の外部に現れた態様のほか右行為の原因、動機、状況、結果等はもちろん、さらに、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情を総合考慮することができたものであり、懲戒処分選択の判断については懲戒権者たる総裁の裁量が認められていたものと解される。もっとも、懲戒処分のうち免職処分は、職員たる地位を失わしめるという他の処分とは異なった重大な結果を招来するものであるから、免職処分の選択に当たっては他の処分に比較して特に慎重な配慮を要するものであるが、そのことによっても、懲戒権者が免職処分の選択を相当とした判断について、裁量の余地を否定することはできず、それにつき、右のような特別に慎重に配慮を要することを勘案したうえで、当該懲戒処分が、その原因となった行為との対比において甚だしく均衡を失し、社会通念に照らして合理性を欠く等裁量の範囲を越えてされたものでないかぎり、その効力を否定することはできないというべきである。

右判断基準によって、本件免職処分選択に裁量権の濫用があるか否かを検討する。

まず、原告が裁量権の濫用を基礎づける事情として主張する点につき判断する。原告は、再抗弁の1の(一)で、本件暴行が偶発的な過失行為であり、その原因を作出したのは志村及び酒井の側であるというが、前認定のとおり原告の行為は偶発的な過失行為ではなかったといわざるを得ない。もっとも、本件暴行に至る経過は前認定のとおりであり、原告の志村駅長に対する態度に根本原因があるものの、酒井助役の行為が本件暴行を誘発した面がないではない。同(二)については、前認定のように、原告主張のとおり酒井助役の負傷そのものは軽微であったものといえる。同(三)の主張は、偶発的な過失行為を前提とする点は右に述べたところから意味がないことは明らかである。勤務内容、処分歴については後記のとおりむしろ処分の量定を加重するような事情があり、管理者が原告に対し不当に敵対的であったとの事実は、これを認めるに足りる証拠はない。同(四)については、原告主張のように酒井助役が原告を転倒させ、傷害を負わせた事実は、前記のとおり認めることはできない。同(五)については、これを認めるに十分な証拠はなく、前認定の本行為の態様及び後記認定の事実に照らすと、本件免職処分が原告の主張のとおり国労攻撃の意図でされたものと認定することは困難であるといわざるを得ない。

次に、裁量権の濫用に関する原告の主張につき考えるに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  昭和五七年七月三〇日の臨時行政調査会の第三次答申は、「昭和三九年度に欠損を生じて以来、国鉄の経営は悪化の一途をたどり、昭和五五年には一兆円を超える欠損となって危機的状況にあり、その再建は一刻の猶予も許されない国家的課題であるが、それには分割民営化を図るべきである」とし、新形態に移行するまでの間に緊急に構ずべき措置として、職場規律の確立を図るため、職場におけるヤミ協定及び悪慣行は全面的に是正し、現場協議制度は本来の趣旨に則った制度に改めること、違法行為に対しての厳正な処分、昇給昇格管理の厳正な運用、職務専念義務の徹底等人事管理の強化を図ることを挙げた。これを受けた同年九月二四日の閣議決定及び国鉄総裁訓示において、職場におけるヤミ協定及び悪慣行について総点検等によりその実態を把握し、直ちに是正措置を講ずるなどし、職場規律の確立を図る必要があるとされ、また、その後の毎年の国鉄監査委員会の国鉄監査報告においても、職場規律の是正、職場管理体制の確立こそあらゆる経営改善策を推進するための不可欠の要件であると指摘され続けていた。

(二)  国鉄当局は、右のとおり、職場規律の是正、職場管理体制の確立を図る必要があると指摘されたことから、これを受けて、右是正、確立のための諸施策を遂行するようになり、その一環として、就業規則に規定された服装の整正の具体的施行として、営業の職員には氏名札、ネクタイの着用の励行、クマンバチといわれる夏用の大きい国労バッジの業務従事中の着用に対する注意を厳格に行い、また、昭和六〇年初めからは作業開始に先立って、出勤の確認と作業指示のため個名点呼を実施していた。

これに対し、国労は国鉄の分割民営化を国労組織の弱体化を図るものであり、職場規律の確立といわれるものもその一環であるととらえ、当局の職場規律の確立のための右各施策の遂行に反対し、個名点呼反対、氏名札着用拒否、断続的なワッペン着用行動等を行うこととした。

(三)  原告は、分会役員(昭和五九年七月から書記長、昭和六一年一月からは分会長)として国労本部や八王子支部の指令に従い率先して、点呼において職名を付して名前を呼ばれると「はい」と答えずに「出勤」と答えたり、敬称を略した点呼に対しては返答をしなかったり、点呼中に点呼者に対して背面を向けたり、再三点呼の最中に飛び出してトイレに行ったりし、また、勤務時間中であっても組合活動として当然のことであるとして国鉄の分割民営化反対等のワッペンを着用し、管理者から直ちに取り外すよう指示されても無言のままでこれに応じないなど上司の命令に従わず、ネクタイ着用については注意されたときだけ一時的に付け、氏名札を着用するように注意されても、就業規則に明記されていないし、就業規則は組合との話し合いによって決められるものであるのにその話し合いがなされていないとして、これに従わないなどの行動を取っていた。また、原告は、職場の健康診断につき業務時間外に受診することになってからはこれを問題視して受診していなかった。

(四)  原告は、昭和六〇年九月一二日に訓告、昭和六一年三月二八日に戒告、同年五月三〇日訓告の各処分を受けている(この点は当事者間に争いがない)が、右訓告は昭和六〇年四月から八月の間のワッペン着用、氏名札不着用及び昭和六一年四月一〇日から一二日の間のワッペン着用につきなされたものであり、戒告は昭和六〇年八月五日のストライキ参加につきなされたものである。

以上の認定、説示によれば、原告の本件行為は、国鉄当局が政府等の指摘に基づき、その経営再建を目指して職場規律の確立のための諸施策をすすめている最中に行われたものであり、しかも、原告は、国労本部等の指令等に基づくとはいえ、個名点呼に反対して度を失した態度を取り、服装の整正のため管理者が行う注意、業務上の指示等を無視してこれに応じないという行動を重ね、加えて、職場規律違反により処分を受けたこともあったものである。そして、本件行為の態様、状況は前認定のとおりであったのであるから、これらの点を総合すれば、原告の本件行為は、企業秩序維持の観点から到底看過できないところである。

そうすると、前記のとおり、本件行為の結果が治療を要するものではなく、原告が本件行為に及ぶにつき酒井助役の行為がこれを誘発した面があり、また、免職処分の選択に当たっては他の処分に比較して特に慎重な配慮を要するものであるとしても、本件処分選択の判断は社会通念上合理性を欠くものということはできない。

したがって、本件免職処分の選択には、裁量権の濫用があり、本件免職処分は無効であるとの主張は失当である。

3  不当労働行為の成否について

原告は、再抗弁2のとおり本件免職処分が不当労働行為であると主張する。再抗弁2のうち、原告が国労武蔵溝ノ口分会長に就任し、本件免職処分当時もその地位にあったこと、国鉄当局と国労との間で雇用安定協定が締結されなかったこと、当局が進路希望アンケート調査の実施、労使共同宣言の提示、職員管理調書による評定、企業人教育、人材活用センターの設置とそこへの職員の配属をしたこと、溝ノ口駅職員の大隅美夫が昭和六〇年一二月立川駅に転勤したこと、原告並びに分会員の小林裕二及び稲垣侃司の三名が昭和六一年七月の夏期手当を五パーセントカットされたこと、小林及び稲垣が新宿駅人材活用センターに転勤したこと、国鉄溝ノ口駅当局が組合掲示板を撤去したことは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、昭和五七年七月三〇日の臨時行改調査会の第三次答申及び昭和六〇年七月の再建管理委員会の答申によって国鉄の分割民営化が問題となってから、前記のとおり国労はこれに反対し、当局の推進する進路希望アンケートには白紙回答や回答拒否をし、企業人教育、人活センターの設置とそこへの職員の配置等を問題視し、ストライキ、ワッペン着用、敬称を略した個名点呼には答えないといった闘争戦術を取ったため、国労と国鉄当局との間に緊張、対立関係が生じ、また、国労本部、同八王子支部の指令を受けて反対行動を取っていた武蔵溝ノ口駅の国労分会と管理者側との間においても、同様に緊張、対立関係があったことが認められる。

しかしながら、本件行為は暴行という社会的非難を免れがたい行為であり、これにつき懲戒処分として免職処分を選択したことも前記のとおり社会通念上合理性を欠くものではないから、右争いのない事実及び認定事実のような事実があるからといって、本件免職処分が、原告が国労組合員であることを理由になされた不当労働行為であるとは認められず、他に本件免職処分を不当労働行為と認めるに足りる事情は本件で窺うことができない。

したがって、原告の再抗弁2の主張は、失当である。

三  以上の次第で、原告は、昭和六一年一〇月一四日付けで被告職員としての地位を失ったものであるから、労働契約上の地位確認及び賃金の支払を求める原告の請求はいずれも理由がないといわざるをえない。

四  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 長谷川誠 阿部正幸)

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